イーグルジャッキ誕生秘話
え・・・?
あ。そうそう、ジャッキ誕生の秘話聞かせてください。是非聞きたいなぁ!
さっき、父が商売になれば何でもやったというお話はしましたよね。
色んな仕事をやっていたんです。
色んな種類の機器の修理を引き受けているうちに、機械工具関係の商社さんも修理品を持ち込んできました。
その縁で、あるとき「油圧ジャッキ」が持ち込まれ、これを改造してほしいと・・・。
油圧ジャッキにフォークリフトのような「爪」をつけたい。
そこで、言われたとおりに鋼材を溶接して納品したら、大クレームに。
爪が折れちゃったんです。
お客さんのあまりの剣幕に、間に入っていた商社の人が、逃げ腰になっちゃって、直接、うちの父が製造者として謝りに行ったんですよね。
そこで4時間ぐらい押し問答が続きました。
「とんでもないものを作りやがって」「俺は、使い方まで聞いていない、言われたとおりに作っただけだ。」「そんなに言うなら、金は返す」「金の問題じゃ無い!」と、どちらも引くに引けない大ゲンカだったらしいです。
ところが、そのうち頭に登った血が落ち着いて、お客さんの社長が
「まあ、いいから、もう一回作ってくれ。これができれば、俺たちの仕事はずいぶんはかどるようになる。俺たちだけじゃない、全国の同業者がこれを買うぞ」と。
この要望を断らずに引き受けた事で「イーグルジャッキ」が誕生したので、この社長さんは「恩人」だと親父は今でも感謝しています。
うーん・・・イイ話!
ほら。外国人の方もこちらを凝視して聞き入ってますよ。
いや、聞こえてませんよ。
私たち回ってるし。
単におっさん二人で仲良く白鳥に乗っている姿が珍しいだけですって・・・。
なるほどですね。あ!話続けて。
そう。そこからが大変だったんです。
引き受けてから2年間ぐらい試行錯誤。
当時はノウハウや技術なんてないから、とにかく作っては、お客さんのところへ持っていって試してもらった。
経理をやっている母はたまらない。
部品の購入代は馬鹿になりません・・・。
せっかく本業で儲かったお金がぜんぶジャッキの「開発」で飛んでいきましたから。
たった10人の工場が、メーカーを目指す姿は、きっと周囲からは夢物語だと思われていたでしょう。
実際に影ではずいぶん笑われていたらしいです。
でも、そんなこんなで、夢中でやっているうちに本当に「メーカー」になっちゃった。
自社ブランドの「イーグルジャッキ」は現在、世界中でスタンダードになっています。
おお。あひるが白鳥になったわけですね。
売り出す時の苦労話はこのほかにもたくさんあるんですけどね。
本当にめちゃくちゃな話ですが、「お客さんが必要としているもの」を、形にすることは、今野製作所のDNAになっています。
うーん。世界のスタンダードを構築したイーグルジャッキの今野製作所にもそんな苦労が・・・。
まさに優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている。
まさにそんな感じですね。
・・・・。
もう、何としても白鳥に結びつけたいんですね。
申し訳ない・・・。(汗)















